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長崎地方裁判所 昭和42年(行ウ)10号の2 判決

原告 大塚泰蔵

被告 長崎税務署長

訴訟代理人 武田正彦 吉崎静夫 亀山良溝 ほか四名

主文

一  原告の本訴請求中、被告が、総所得金額を四三二万八、一八三円、確定納税額を一万五、二二〇円として原告がした昭和四一年分所得税の修正申告について、昭和四三年八月二六日付で行つた、総所得金額を二、二六五万八、四〇三円、確定納税額を九七四万九、三二〇円とする旨の更正及び税額四八万六、七〇〇円の過少申告加算税の賦課決定のうち、総所得金額を二、〇一八万五、二一六円、確定納税額を八〇八万八、一二〇円とする範囲及び過少申告加算税額を四〇万三、六〇〇円とする範囲を各超過する部分の取消を求める部分を却下する。

二  原告の、その余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一  請求原因1の(一)(二)の事実は、当事者間に争いがない。

そして、〈証拠省略〉によると、本件処分の審査請求を受けた国税不服審判所では、本訴提起後の昭和四七年一月一二日に行つた本件裁決により、本件処分のうち、総所得金額二、〇一八万五、二一六円、確定納税額八〇八万八、一二〇円、過少申告加算税四〇万三、六〇〇円を超える部分を取消していることが認められる。従つて、原告の本訴請求のうち、本件処分中右裁決によりすでに取消された部分の取消を求める部分は、訴の利益を欠くことに帰したから、不適法として却下すべきである。

二  ところで、被告が原告の昭和四一年度分所得税の課税内容として主張する各種所得金額のうち、譲渡所得を除くその余の各所得の金額が、被告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。しかしながら、原告は、譲渡所得金額については、被告の主張を争い、本件処分(本件裁決により取消された部分を除く。)には、譲渡所得金額を過大に認定した違法があると論難しているので、以下この点につき検討する。

原告が、昭和四一年一一月二四日、訴外長崎産業有限会社に対し、その所有にかゝる本件土地を、代金六、五〇〇万円で売渡したことは、当事者間に争いがなく、被告は、右売渡しによる所得をもつて、原告の同年度における譲渡所得として主張するものである。そして、譲渡所得の金額を算定するに当つては、譲渡による収入金額から控除すべき、譲渡した資産の取得費及び資産の譲渡に要した費用が算定されなければならないところ、本件においては、本件土地の譲渡に要した費用が、仲介料一五万円、立退料四〇万円、測量費一四万〇、六三八円の、以上合計六九万〇、六三八円であることは、当事者間に争いがない。従つて、つまるところ、本件における当事者双方の主張の相違は、もつぱら本件土地の取得費の算定を廻るところにあるということができる。

しかるところ、譲渡渡所得の金額の計算上控除すべき取得費とは、所得税法三八条一項に、「別段の定めがあるものを除き、その資産の取得に要した金額並びに設備費及び改良費の額の合計額とする。」と規定されているところ、右にいわゆる取得に要した金額とは、資産が他からの購入資産である場合には、買入れ原価のほか、手数料登録税等の、資産の取得に要したすべての費用を含み、設備費とは、資産取得後において資産の量的改善に要した費用をいゝ、改良費とは、資産取得後において資産の質的改善に要した費用をいうものと解するのが相当である。そこで、以下、このような見解に立つて、原告の本件土地の取得費について判断する。

三(一)  原告が、昭和三六年七月二八日、訴外宮津芳通名義で、訴外山口太郎から、同人所有の(一)の土地の所有権を取得し、昭和三七年三月三〇日、同じく宮津名義で、富田外二名から、同人ら各所有の(二)の土地の所有権を取得したこと、右各土地の取得は、いずれも売買によること、(一)及び(二)の土地の合計が、本件土地にあたることは、当事者間に争いがない。

そして、〈証拠省略〉によれば、

本件土地は、もともと、その大部分がかつて塩田跡であつた埋立地であるところ、同土地の付近に在住していた訴外浜口善助、同池下源助外三名は、同土地埋立前の昭和三五年頃に、(一)の土地の当時の所有者訴外山口太郎から、同土地の埋立を依頼され、その費用として同土地のうち五、〇〇〇坪を譲受ける約束でこれを引受け、続いて同じ頃、(一)の土地を埋立てる都合上、同土地に隣接する(二)の土地の所有者であつた富田外二名に対して同土地の埋立を勧奨し、同訴外人からの間でも、実費程度の費用で(二)の土地を埋立ててやることの合意ができ、結局本件土地全体を埋立てることになつたこと、しかし、浜口ら五名は、右埋立にあたり、税金対策上の措置として、戸石耕地組合(以下、単に耕地組合という。)なる組合(但し、法人格は有しない。)を結成し、組合の業務として右埋立を行うこととし、浜口がその代表者となつたこと、ところで、山口太郎並びに耕地組合の浜口及び池下らは、昭和三六年一月頃、資金の都合上とりあえず(一)の土地を売却することにして、当時長崎市農業協同組合関係の要職にあつた原告に対し、右売買の話を持ちかけたところ、原告は、本件土地が埋立完成後県立高校(水産高校)の敷地にあてられる見通しであることを聞き及んでいたため、(二)の土地を含めた本件土地全体を買受けることにして、右申出を了承し、そのころ目をかけていた宮津に対し、転売利益を折半する約束で、売買の交渉、代金の支払等本件土地取得のための一切の事務を委任したこと、しかし、宮津は、その頃、原告から、(一)の土地買受等の資金として多額の金員を受領したが、当時悪化していた自分の事業の経営資金にその一部を勝手に流用したばかりか、本件土地につき原告のため自己名義に移転登記を経由した後、原告に無断で同土地を担保に供して、双葉金融及び宝金融から多額の金員を借入れ、その大半を自己の事業経営のために費消したこと、それにもかゝわらず、昭和三九年頃に至り、宮津の右事業は倒産するに至つたので、原告は、同年八月二四日、本件土地につき宮津名義から自己名義への移転登記を行うとともに、同土地上に設定された右根抵当権を消滅させるため、直ちに、宮津のために、双葉金融に対し、一、七六〇万円、宝金融に対し二二五万円の、各借受金を代位弁済したこと、反面、宮津は、自己の事業資金の中からも、本件土地の取得費とみられるべき各種の費用を支出していたが、原告が本件土地取得のために宮津に交付した金員と右の代位弁済した金員の合計額は、宮津が、本件土地取得のためにみずから負担した金員の総額を十分上回つていたこと、

以上の事実が認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。

そうすると、原告の本件土地の取得費算定に当つては、元来本件土地取得のために必要な金額の一切、すなわち、宮津が本件土地取得のために負担した金員と原告自らが本件土地取得のために負担した金員との合計額をもつて、本件土地の取得費とみるべきであり、これを単に原告の費用支出の側のみからみて、原告が宮津に取得資金として交付した金員と原告が宮津に代位して弁済した金員に原告自ら本件土地の取得費として負担した金員を加算した金額をもつて、本件土地の取得費となすべきでないことは、明らかなところである。

(二)  そこで、被告及び原告がそれぞれ主張する、原告の本件土地の取得費を、その費用の内訳に従つて個別的に検討することにする。

1  買入れ原価〈省略〉

2  埋立及び整地費〈省略〉

3  その他の費用

(1) 次に、被告主張の登録税、支払利息、ポンプ代等の諸費用について判断するに、〈証拠省略〉によると、宮津が原告のために本件土地の登録税等に支出した金額は、一〇〇万円であること、原告は、富田外二名に対し、(二)の土地の代金支払のために宮津が振出した前記額面合計四〇〇万円の約束手形二通が不渡となつたので、これを代払したが、その際、振出日の昭和三七年三月三〇日から右代払の日である昭和三九年三月までの利息として、月一分の割合による九六万円を支払つたこと、また、原告は、昭和三九年頃に、どのような経緯ないし理由で原告が負担することになつたかは詳らかでないが、本件土地の埋立のために使用されたサンドポンプの代金一五〇万円を支払つていることが認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。そして、右認定の諸費用は、本件においては、所得税法三八条一項にいわゆる「資産の取得に要した金額」または「改良費」のいずれかにあたり、本件土地の取得費とみるのが相当である。

(2) 続いて、原告の主張する、その他の取得費、すなわち、現場事務所の維持管理費、補償金、交換分合の差額金、サンドポンプの作業船のチヤーター料について一括して検討するに、かりにこれらの各経費が実際に支出されたとすれば、本件土地の取得価額または改良費に算入さるべきものであることはいうまでもない。ところで、これらの費用を支出したとする原告の主張に沿う証拠としては、これと符合する趣旨の〈証拠省略〉があるが、〈証拠省略〉を裏付けるべき、当然存在しなければならない筈の帳簿、領収書その他これに類する書類は、本訴において何も存在せず、かつ、これが存在しないことを首肯せしめるごとき合理的理由も発見できない。そればかりか、宮津は、収税官吏の質問に際しては、右各費用の存在について一切供述していないし、右証言自体全般的に不自然かつ作為的な感がある。とりわけ、金額の大きい現場事務所の維持管理費についてみると、昭和三七年三月頃から昭和三九年六月頃まで現場事務所なるものを置いていたという原告の主張及びこれに沿う〈証拠省略〉は、前記のとおり、前記質問てん末書中で、昭和三七年末まで本件土地の埋立をしたと同証人自身が述べていることと矛盾する。また、同証人は、「現場事務所にいた従業員とは、岩藤建設の社員であつた前記柴田、柴田の部下及び耕地組合の構成員であつた前記浜口善助、池下源助らであり、事務所の維持管理費とは、主として人件費であつた。そして、柴田とその部下以外の浜口、池下らは、老人であつて、仕事らしい仕事はしなかつたが、無収入の状態であつたので、彼らには給料という名目で金員を与えていた。」という供述をしている。しかしながら、岩藤建設の倒産後、柴田とその部下が、宮津の依頼により、本件埋立工事を継続したのは、前記のとおりであるし、ましてや、仕事をしない老人に多額の給料を与えていたということ自体も甚だ不合理であるのに、同証人は、別段その不合理を納得させるような説明をしていない。

右にみたところをかれこれ考慮すると、結局、原告主張の右各費用は、いずれもこれが支出されることはなかつたものと認めざるをえない。

四  以上説示したところを総合すると、原告の本件土地の取得費としては、被告の主張する費目及び額をすべてそのまゝ認定したことに帰着する。そして、本件証拠上右に認定した以外に原告の本件土地の取得費が存在したことを窺わせるに足る証拠資料は存在しない。従つて、原告の本件土地の取得費は、被告の主張する費目及び額の範囲においてしか存在しないと認めるのが相当である。

よつて、本件処分(但し、本件裁決により取消された部分を除く。)には、譲渡所得金額を過大に認定した違法は存在しない。

五  そして、原告は、自己の昭和四一年分の配当所得、不動産所得、雑所得及び給与所得が、被告主張のとおりの数額であることを認めていること、前記のとおりであるから、本件処分(本件裁決により取消された部分を除く。)には、何らの違法も存しないという結論になる。

六  してみると、原告の本訴請求は、本件処分のうち本件裁決により取消された部分の取消を求める限度において不適法であるからその限度でこれを却下し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 篠原曜彦 安藤宗之 田中哲郎)

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